未就労年少者の逸失利益はどのように算定されるのか
交通事故に遭い、未就労年少者が後遺障害を負い又は死亡した場合、後遺障害逸失利益又は死亡逸失利益の損害が発生します。未就労年少者は、幼児、生徒、学生等で働いていない者です。
では、未就労年少者の逸失利益はどのように算定されるのでしょうか。後遺障害逸失利益は、基礎収入に労働能力の喪失割合を乗じ、これに、症状固定時から67歳までの年数に対応するライプニッツ係数から、症状固定時から就労開始までの年数に対応するライプニッツ係数を差し引いたライプニッツ係数を乗じて算定します。
また、死亡逸失利益は、基礎収入から被害者本人の生活費として一定割合を控除し、これに、死亡時から67歳までの年数に対応するライプニッツ係数から、死亡時から就労開始までの年数に対応するライプニッツ係数を差し引いたライプニッツ係数を乗じて算定します。
以下においては、後遺障害逸失利益や死亡逸失利益に共通する「未就労年少者の基礎収入」を示した上、これらに関連する労働能力喪失率、労働能力喪失期間、中間利息控除、就労可能期間、生活費控除などを概観しながら、未就労年少者の逸失利益はどのように算定されるのかについて、説明することとします。
未就労年少者の基礎収入
原則の場合
原則として、全年齢平均賃金(以下「平均賃金」といいます)を基礎とします。
学歴別の平均賃金を用いる場合
大学生等又は大学等への進学の蓋然性が認められる場合、大学卒等の平均賃金を基礎とします。
職種別の平均賃金を用いる場合
医学部、看護学部、薬学部等で専門教育を受けている学生については、特定の職業に就く蓋然性が認められる場合、職種別の平均賃金を基礎とします。
年少女子の場合
男女を合わせた全労働者(以下「全労働者」といいます)の平均賃金を基礎とします。年少女子の基礎収入は、従来、女性労働者の平均賃金を用いることで実務上確定していました(最判昭62.1.19民集41・1・1等参照)。
しかし、平成10年ころから、女性の社会進出や未就労年少者が多様な就労可能性を有することなどを理由として、全労働者の平均賃金を用いる裁判例が増えてきたのです。
最高裁は、この問題について、最決平14.7.9交民35・4・917は全労働者の平均賃金で算定した高裁判決について上告不受理の決定をし、最決14.7.9交民35・4・921は女性労働者の平均賃金で算定した高裁判決について上告棄却・上告不受理の決定をして、統一することはしませんでした。「赤い本」は、年少女子の逸失利益について、「女性労働者の全年齢平均賃金ではなく、男女を含む全労働者の全年齢平均賃金で算定するのが一般的である」としています。
なお、全労働者の平均賃金を基礎とする年少女子の範囲については、①中学卒業まで、➁高校、専門学校、大学(院)等卒業まで、➂若年者評価がなされる期間(事故時おおむね30歳未満)等の考え方があります。裁判例も様々ですが、近年は、少なくとも高校卒業までは全労働者の平均賃金が基礎とされることが多いとされます。
年少男子の場合
男性労働者の平均賃金を基礎とします。
後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益とは、被害者が交通事故による後遺障害がなければ得られたであろう利益です。症状固定時以降につき認められます。後遺障害逸失利益は、「基礎収入×労働能力喪失率×{(67歳-症状固定時の年齢)年のライプニッツ係数-(就労開始の年齢-就労固定時の年齢)年のライプニッツ係数}」で算定されます。
労働能力喪失率
労働能力喪失率とは、後遺障害により労働能力の喪失・減退を来した割合です。
後遺障害によってどの程度労働能力を喪失したかについては、一般的に、当該後遺障害が自賠法施行令別表第1及び第2のいずれに該当するかを判断し、その後遺障害等級につき労災補償のための通達である労働省労働基準局通牒(昭32.7.2基発551号)に基づいて労働能力喪失率を算定しています。後遺障害は1級から14級に整理され、各等級に見合った労働能力喪失率が基準化されています。
上記通達は労働能力喪失率算定に当たって有力な資料ではありますが、障害の部位・程度、被害者の性別・年齢・職業、事故前後の稼働状況、減収の程度等を総合的に判断して決められることになります。
労働能力喪失期間
労働能力喪失期間とは、症状固定時の被害者の年齢から67歳までの期間です。未就労年少者の場合、就労の始期は、原則として18歳とし、大学進学等によりそれ以後の就労を前提とする場合は、大学等の卒業時とされます。
もっとも、むち打ち症の場合、症状の軽減ないし馴化による労働能力の回復が見込まれるとして、後遺障害12級の場合には10年程度、14級の場合には5年程度に労働能力喪失期間を限定する裁判例が多いとされます。
中間利息控除
中間利息の控除方法については、現在全国の裁判所でほぼライプニッツ方式が採用されています。中間利息控除の基準時については、最高裁判例はまだなく、症状固定時を基準とする裁判例が多数ですが、事故時を基準とする裁判例も少なくありません。中間利息を控除することによって、将来の逸失利益を現在価格に換算します。
中間利息の控除割合は、令和2年4月1日施行の民法改正により、その損害賠償請求権が生じた時点における法定利率によることが明文化され(民法417条の2)、同規定は不法行為による損害賠償の場合にも準用されています(民法722条1項)。
そして、民事法定利率が年5%の固定制から変動制に変更され、改正民法施行後の事故については、改正民法施行当初は年3%(民法404条2項。ただし、同条3項により利率は3年ごとに見直されます)が適用されます。
死亡逸失利益
死亡逸失利益とは、被害者が交通事故により死亡しなければ得られたであろう利益です。死亡逸失利益は、「基礎収入×(1-生活費控除率)×{(67歳-死亡時の年齢)年のライプニッツ係数-(就労開始の年齢-死亡時の年齢)年のライプニッツ係数}」で算定されます。
基礎収入、就労可能期間、中間利息控除
基礎収入や就労可能期間、中間利息控除については、後遺障害逸失利益の場合と同様に考えることができます。
生活費控除
死亡逸失利益については生活費控除がなされます。これは、生きていれば必要であった生活費の支払を死亡により免れることになるため、その分を損益相殺として控除するものです。生活費控除率は、年少女子(基礎収入が全労働者の平均賃金の場合)45%程度、女性30%、男性50%が多いとされます。
まとめ
交通事故に遭い、未就労年少者が後遺障害を負い又は死亡した場合、後遺障害逸失利益又は死亡逸失利益の損害が発生します。後遺障害逸失利益や死亡逸失利益については、その算定の根拠となる基礎収入や後遺障害等級(後遺障害逸失利益の場合)が、争いになることも少なくありません。
これらの逸失利益の請求をお考えの方は、是非当事務所にご相談ください。